ノルウェーの平和学者ヨハン・ガルトゥングが提唱した概念。彼によれば、「現実における身体的・精神的(自己)実現が、その潜在的実現以下であるような影響を受けているならば、そこには暴力が存在する」という。それゆえ、彼は多くの途上国の平均寿命が50歳前後なのは、75歳〜80歳が平均的な寿命である先進工業国と比べ、異常であり、そこにはある種の暴力、すなわち社会構造にインプットされた構造的暴力が存在すると考える。また、結核による死者の多発は、20世紀前半までならばいざ知らず、現在では医療設備や医薬品が整っていれば可避的であり、構造的暴力が原因であると考える。同様に、社会全体が貧困であるために多くの有能な若者が教育の機会を奪われ、潜在的自己実現の可能性を発現できないまま放置されている状態も構造的暴力として捉えられる。
死に限定していうならば、構造的暴力と直接的暴力の強度を計測する共通の単位は「失われた年数」だとガルトゥングはいう。したがって、医療設備・医薬品の欠如・食糧不足等のために5歳までの子どもの死亡率が異常に高い途上国における国民全体の「失われた年数」の総和は大規模な戦争によって生み出される犠牲者の総和と等価だということになる。
構造的暴力は、@暴力の主体が匿名である、A流血を伴わない、B緩慢である、C日常的である、などの特徴をもっている場合が多く、暴力の行使者がおり、流血を伴い、鮮明な印象を与える直接的暴力とは大きく異なる。極度の貧困、飢餓、無秩序、政治的抑圧、無政府状態などのために無数の人が死んで行き、あるいは自己実現の機会を奪われたまま人生を終わらざるを得ない途上国の現実は構造的暴力の典型だということができる。構造的暴力は、あまりにも日常的であるため、大規模な破壊が行われる戦争、あるいは流血を伴うテロや暴力団抗争、多数の人を殺したサリン事件(直接的暴力)と違い、<見えにくく>、ニュースになることさえ稀れである。
男性が全権を掌握している家父長制社会において女性が無権利状態に置かれ、自己実現の可能性を奪われているが、これは典型的な構造的暴力だとされる。医療ミスは直接的暴力だが、医師の権威が絶対視され、患者が無権利状態の置かれている状況も構造的暴力として機能している。女子小学生が駐留の外国兵によって暴行されればそれは直接的暴力だが、軍事基地が存在するということ自体は構造的暴力である。公共の場での喫煙は副流煙によって周囲にいる者の健康を害する可能性が大きい直接的暴力だがたばこが合法的な商品として販売されている状況は構造的暴力として機能している。このように、構造的暴力は途上国の悲惨な状況を分析する理論として登場したものだが、現在では提唱者の意図とは無関係に構造的差別・偏見、権威主義的人間関係などを分析する概念装置として広く使用されている。
【参考文献】
- Johan Galtung:"Violence, Peace, Peace Research"
- 岡本三夫著 『平和学その軌跡と展望』、法律文化社、1999年12月。