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平和の定義
【平和】 - (英)peace、(独)Friede,(仏)paix

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消極的平和と積極的平和

平和は戦争の不在、すなわち戦争のない状態を意味するが、戦争の不在として定義された平和は、〈平和は何であるか〉と肯定的・積極的に定義された平和ではなく、〈平和は何でないか〉と否定的・消極的(negative)に定義された平和であるため、〈消極的平和〉と呼ばれることが多く、国連などでも使われるようになった。 概念を定義する場合、狭く定義する方法と、広く定義する方法とがあるが、平和を〈戦争の不在〉とする消極的平和概念は限定的かつ静的であり、最も狭い平和の定義である。しかし、戦争のない状態を消極的平和と呼ぶからといって、戦争のない状態が否定的・消極的に評価されているということではない。戦争がないこと自体を積極的な価値として評価するのは、戦争のない世界の構築を人類の理想として追求することが普遍的な願望とされてきたことと照応する。

他方、〈平和は何であるか〉と肯定的・積極的(positive)に定義された平和は〈積極的平和〉と呼ばれているが、その内容は時代や状況の推移とともに変化し、発展的かつ動的である。豊かさ、秩序、安全、正義、公平、自由、平等、民主主義、人権尊重などが積極的平和の基本的要素だが、健康、福祉の充実、文化的生活、生き甲斐、環境保全を含めるなど、要素の加除が時代や状況の推移と連動して行なわれる。 米ソ冷戦が終結すると、地球規模の核戦争による人類絶滅の可能性に替わって、大規模な環境汚染が人類の存続を脅かす深刻な平和問題として知覚されるようになったのはその例である。

諸文化圏における平和の意味

概念史的には、本来、平和という語には戦争の不在に尽きない意味が包含されていた。いずれも〈平和〉と訳される異なった文化圏の語がそれを示している。たとえば、古代イスラエルの〈シャローム〉やイスラム圏の〈サラム〉という語は第一義的には神による正義や公平の実現を、ギリシャの〈エイレーネ〉、ローマの〈パクス〉、中国の〈和平〉という語は秩序と繁栄を、インドの〈アヒムサー〉という語は不殺生をそれぞれ意味した。それゆえ、消極的平和という限定は、平和という概念の本来的な広がりを制約し、さらに〈平和な風景〉とか〈平和な家庭〉といった、平和という語の日常的な使用の中に含まれている積極的な意味を抑制した、作為的な平和概念である。世論調査で「現在の日本は平和だと思うか」という趣旨の設問があり、答えの意味が分析されるのも、広義の平和概念が一般に普及していることの証左である。

支配と従属が常態であった時代においては、世界の状態についての共通理解や概念の定義を司るのは支配する側の特権であり、強者が作った共通理解がまかり通った。しかし、文化人類学などの発展によって未開社会の思考様式が解明され、旧植民地地域の民族自決によって独立国が激増し、国連をはじめとする国際会議や国際学会において支配される側の声が聞かれるようになり、洋の東西を横断し、国の南北を縦断する政治、経済、文化、教育、娯楽などの国際化現象が進捗してくると、平和、自由、平等、人権などの伝統的な共通理解にも亀裂が生じ、それらの諸概念の再定義が必要になってきた。また、数千年に及ぶ父権制社会において形成されてきた平和概念をはじめとする諸概念の歴史的制約については女性学の視点から厳しい批判が提出されている。

直接的暴力と構造的暴力

インドのスガタ・ダスグプタは戦争と平和という二分法を退け、平和の対極にあるのは戦争ではなく、非平和(peacelessness)であるとして、途上国の状況を特長づける平和概念を提示した。先進国では戦争がなければ平和だが、途上国では〈戦争がなくても平和ではない〉から戦争と平和という二分法は妥当しないというのである。こうして〈戦争の不在〉と同時に、非平和が途上国に特長的な問題であることが認識され、平和概念の再定義に不可欠の新しい前提となった。ガルトゥングは〈戦争もないが平和もない〉という状況、すなわち、貧困、無秩序、不安定、不正義、不公平、弾圧、不平等、殺傷、飢餓、疾病、医療施設の不在、低い識字率などを特長とする非平和状況を〈構造的暴力〉と呼んで、戦争やテロのような〈直接的暴力〉と区別し、ダスグプタの着想を概念的にねりあげ、その結果、戦争と平和という伝統的二分法とは別に暴力と平和という二分法で分析する道が開かれ、新しい要請に応えることができるようになった。

    【参考文献】
  1. Johan Galtung: "Violence, Peace and Peace Research", Journal of Peace Research, vol. vi, no. 3, 1969.
  2. Sugata Dasgupta: "Peacelessness and Maldevelopment", IPRA Studies in Peace Research. IPRA Second Conference, vol. II, 1968.
  3. 石田雄 『平和の政治学』、 岩波新書、1968。

『哲学・思想事典』(岩波書店,1998年) cMitsuo Okamoto, 1997




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