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| 人類がたどり着いた最高の英知で教育刷新を! |
| ―韓国へのゼミ旅行で考えたこと― |
| 『軍縮問題資料』2001年5月号(宇都宮軍縮研究室発行) |
| 教科書問題がマスコミを騒がせていたこの三月、卒業記念を兼ねて韓国へのゼミ旅行を実施した。金浦空港は日本の空港かと勘違いするほど日本人客でごった返していた。ソウル市内も漢字が多くなり、ハングル文字に固執していた十年前、二十年前とは別都市だった。日本人観光客を意識した仮名文字の広告や案内も市内のあちこちで見かけた。夜の繁華街には日本の歌も流れ、開放政策の実態を体験することになった。
ゼミ旅行の目玉はチョナン(天安)市の独立記念館だった。十年ほど前に初めて訪問したときには日本人客はほとんどおらず、ホテルにも独立記念館訪問の情報はなかった。今は違う。旧知の在日韓国人で関西の公立大学で教壇に立つP教授と同じホテルで偶然会ったのだが、彼のゼミでも独立記念館と「ナヌムの家」を訪問するとのことだった。この家にはいわゆる従軍慰安婦だった「ハルモニ」たちが住んでいる。 独立記念館は様々な日本人グループで溢れていた。東京の正則高校からは三六〇人という大集団がきていた。四〇年近く昔のことだが、私はチェコのテレジエン市にある旧ナチス強制収容所へ見学にきていたドイツ人高校生グループとの出会いを思い出した。当時から、ドイツでは加害者だった自国の過去を見つめる平和教育がなされていた。ヒロシマ・ナガサキ・沖縄の平和教育では被害者としての日本の過去しか見えてこないのではないかという批判には謙虚に耳を傾けたい。 独立記念館は日帝時代(一九一〇〜一九四五年の三十五年間を韓国ではそう呼ぶ)を被支配者の韓国人がどう受け止めているかを学習するには欠かせない場所である。私のゼミ生には海野福寿著『韓国併合』(岩波新書)を事前に読んでおくよう指示しておいた。韓国は私の専門ではないから、私は教えるというよりは共に学習する立場(teacher-learner)だった。 友人の仲介で中央大学校日本語科の学生にもプログラムに参加してもらい、相互理解の促進に努めたが、案内役・通訳としての彼らのボランティア精神はありがたかった。夕食を兼ねた交流会では「韓日関係の過去と将来」という重いテーマでの討論会を設定したが、趣味、恋愛、交友、就職といったソフトな日常的話題へと自然に移ってしまい、加害・被害というような深刻な話にはならなかった。パク・チョンイル教授いわく。「韓日友好促進の実践そのものです。心配ご無用」。
独立記念館見学後に日本の大学院進学が決まっているK君のコメントも興味深く聞いた。「ここでの展示は韓国側から見た韓日関係史であり、誇張があるかも知れません。歴史の真実は自分で発掘するものです。独立記念館で知ったことを皆さんが今後の勉強の中で検証し、それぞれの正しい歴史観を持ってください」。彼のコメントを含め、韓国社会の民主的成熟に目を見張る旅だった。 『韓国併合』を訪韓直前に読んだこともあって、「国が滅びる」ということの意味を私は旅の間中考えていた。かつて日本は韓国を滅ぼした。一九一〇年から一九四五年までの三十五年間、韓国という国はなかった。日本政府は創氏改名策で韓国人に日本名を押し付け、公共の場での韓国語使用を禁止した。外見上は日本人と全く同じであることがあだとなって、「韓国人」を歴史から抹殺することが企てられたのだった。 だが、今度の旅で私の脳裏を離れなかったのは「日本が滅びるかも知れない」という予感だった。経済の破綻、政治の破綻、そして教育の破綻が誰の目にも明らかな今、このままでは日本は自壊し、再生できないのではないか。嫌な言葉だが、三流国、四流国に転落するのではないかという声も聞く。十年前でさえ、カナダの大学からきていた日系米国人の客員教授は私に言ったものである。「クラスでは私語ばかり、学問にも政治にも関心のない大学生を見ていると、日本の将来は絶望的です」。 「日本はこのまま沈むのか」「日本は再生するのか」といったタイトルの記事が欧米の有力誌に載るようになった。ドイツと共に成し遂げた経済復興は奇跡とさえ言われたが、日本人はやがて慢心し、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などという褒め言葉に悪乗りした。「もう欧米から学ぶものはない」と私に向かって豪語した若い駐独銀行員。奢る者久しからず。過労死に支えられた約二〇年間の「栄華」。日本滅亡の予感は杞憂に過ぎないのだろうか。 「失われた十年」で自信喪失した日本人は、日本軍国主義への反省を「自虐史観」だと糾弾する新自由主義史観を小気味よい見方だとして歓迎している。朝鮮半島の支配をめぐって行なわれた日清・日露の両戦争は「正義の戦争」、太平洋戦争は欧米帝国主義からの「アジア解放戦争」だったと強弁する。彼らの手になる歴史教科書に対して中国と韓国は猛烈に反発し、外交問題化している。中日・韓日の相互依存関係が緊密化している矢先にこのような倒錯したナショナリズムは有害無益というほかない。 歴史が捏造され、日本の民主主義を支えてきた憲法が歪曲され、教育基本法が葬り去られようとしている。日本は法治国家のはずである。しかし、憲法違反の行政がはびこり、「長いものには巻かれろ」式のライフスタイルで自己防衛せざるを得なくなりつつある。日の丸掲揚・君が代斉唱の事実上の強制に抵抗するには覚悟がいる。マスコミも批判しない。いや、「着席したままの教職員がいた」ことをまるで非難しているかのようにさえ報道する。私にはそうとしか受け取れない。 広島県をはじめ各地の卒業式では教師に対する日の丸掲揚・君が代斉唱強制が公然化している。この春にも広島県立広島皆実高校では卒業式で君が代斉唱中に着席したままだった教諭に対して校長は翌日の職員朝礼で「辞表を書いてもらいたい」と発言し、本人を校長室に呼び出して辞表か異動願いを提出するよう促したという(二〇〇一年三月十日付朝日新聞)。 県教委が調査に乗り出して事実の真偽を確め、もし校長の発言が本当ならば、「内心の自由を侵す人権侵害であり、越権行為だった」として校長を処分するのがスジではないのか。だが、とんでもないことが広島県では起きている。県教委は卒業式での日の丸掲揚・君が代斉唱についてこの二月に県内の全公立学校へ通知文を出し、君が代斉唱時に起立しなかった教員名などを記入する「服務状況報告書」の提出を各校長に求めていたという。これが「内心の自由」侵犯でなくて何だろうか。本来ならば憲法違反に目を光らせているべき教育委員会が、逆に重大な憲法違反を平然として行なっているとは! 広島県の平和教育・人権教育に対する攻撃を開始したのは受託収賄容疑で逮捕された自民党小山孝雄参院議員(当時)だった。彼が福山市立加茂中学校の佐藤某教諭に国会で広島県の教育を非難中傷する証言をさせたのがキッカケになった(九八年四月)。これを受けて広島県教育の「是正指導」が始まり、文部省からの超タカ派教育長派遣、自民党調査団の来広とつづいた。県教委の「指導」は県立世羅高校長を自殺にまで追い込んだ。国旗・国歌の法制化反対請願のために首相官邸を訪れた私たちの前で野中広務幹事長(当時)は言った。「校長の死を無駄にできない」、と。 すべてがあべこべだった。校長の自殺という事件の衝撃で行政はひるむだろうという私たちの判断は甘かった。野中幹事長は校長の死を利用して一挙に国旗・国歌法を成立させた。広島県教委は何ら反省することなく、日の丸掲揚・君が代斉唱の強制を徹底させ、異例の「不当人事」で教職員を震え上がらせている。 憲法は、「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」(第一九条)とし、すべての「公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」(第九九条)と規定している。上述した広島県教委が憲法に違反する行政指導を行なっていることは疑問の余地がない。問題は、このような憲法違反が公然と行なわれている状況が放置されていることである。国の最高法規であり、国法である憲法が無視されるならば、日本はもはや法治国家ではない。 日本国憲法第九条の戦争放棄・非武装平和主義は「人類がたどり着いた最高の英知」(田中和雄)である。この憲法の要点を解説した文部省発行の『あたらしい憲法のはなし』を当時中学生だった私は、乾いた大地が雨水を吸い込むように、吸収し、大人になった。僅か四〇数ページのこの小冊子は戦争放棄・非武装平和主義という「人類がたどり着いた最高の英知」の平易な解説書として教育の場にもたらされた。憲法が公布された翌年、一九四七年のことだった。 あれから五〇数年が経過した現在、衆参両院には憲法調査会が設置され、憲法改悪に向けての動きが激しくなっている。表向きは環境権、地方分権、知る権利、プライバシー保護を憲法に明記すべきだというような議論もしているが、最大の焦点は「人類がたどり着いた最高の英知」の第九条改悪にある。改憲論者は、戦争放棄・非武装平和主義を変えて日本を戦争のできる「普通の国」にするため、自衛隊を軍隊に、防衛庁を防衛省に「昇格」させ、集団的自衛権を憲法に書き込むことを企んでいる。 私は、法律論からではなく、教育者として国の最高法規である憲法をないがしろにする風潮に最大級の危機感を抱く。 自衛隊と名乗る憲法違反の軍隊を持ち、憲法に違反して「内心の自由」を侵害している権力者たちに子どもや若者たちが不信感を抱かないだろうか。右であろうと左であろうと建前と本音がかけ離れた学校を子どもや若者たちは信じるだろうか。自主性、主体性、民主主義、人権、平和、思いやりなどを教えながら、事実上は強制が支配する学校を彼らは信じない。「日の丸掲揚」の際に座ったことを問題にし、「君が代斉唱」で歌わなかった者をとがめるといった「政治」は教育を破壊する。 感受性豊かな子どもや若者たちの心は傷ついている。「国自体が国法を犯している」とき、それは子どもや若者たちを悲しませないはずはない。日の丸・君が代については国旗・国歌として「法制化しても強制はしない」と時の官房長官は明言した。だが、事実上は強制される。思想・信条の自由を犯してはならないと憲法が規定している民主主義国で白昼堂々と誰にも知られたくない内心に土足で踏み込んでくる「教育」はもはや脅迫でしかない。 国が法を犯し、政府が約束を守らないのでは法治国家とは言えず、それが国民、特に子どもや若者たちにおよぼす悪影響は計り知れない。政治家の選挙公約違反とはわけが違う。「国でさえ法を犯し、約束を反故にするのだから」という言い訳が警察官や裁判官や医者や大学教授や、そして子どもや若者たちにかつてない悪影響を及ぼしている。そう考えても不思議でない事件が次々と発生している。国民の多くが「良民」でなかったならばすでに日本は破滅していただろう。 急速な市場化で所得格差が広がる中国では官僚腐敗が横行しているため、司法当局の対応も速い。汚職に関わった政府高官を即決裁判で死刑にする。国の指導者が範を垂れなければ統治の正統性が失われることを政府は恐れている。それでも摘発や処罰が手ぬるいという不満があるらしく、三月の全国人民代表大会会議でも最高人民法院(最高裁)と最高人民検察院の活動報告に約三分の一の反対・棄権票が出るなど、司法当局への不信が高まっているという(二〇〇一年三月一六日付各紙)。 日本国憲法第九条の戦争放棄・非武装平和主義という思想は、いまさら言うまでもなく、爆撃による日本の焦土化とヒロシマ・ナガサキへの原爆投下という言語に絶する地獄の苦しみを体験した民族が、二度と再び戦争はしないという決意を内外に示した誓いの言葉であり、新しい時代における平和国家としての新生日本の進路を示していた。それは文字通り「人類がたどり着いた最高の英知」として国の最高法規に結実したものであり、戦争なき未来を先取りした先駆的思想の受肉だった。 一九九九年五月、日本国憲法第九条が二一世紀の平和と正義のための行動方針を示すハーグ平和宣言の第一項目に盛り込まれた。「時代に合致しない」という理由で改憲論者が目の仇にしている第九条を世界のNGOは「人類がたどり着いた最高の英知」として評価した。NATO軍によるコソボ空爆の最中だった。国連憲章の論理や欧州連合の法理にはない日本国憲法の法理に世界の平和NGOは熱い眼差しを向けている。 「人類がたどり着いた最高の英知」にこそ日本人は誇りを持ち、この普遍的真理を実践し、かつ世界に広めるべきである。最高裁長官を務めた宮沢俊義は言っている。 世界に平和を打ちたてるには、日本だけが軍隊をやめて戦争を放棄しただけでは、もちろん十分ではない。しかし、すべての国が、ほかの国がそうするのを待っていたらいつまでたっても平和はうちたてられないので、日本は、ほかの国国に先がけて、まず自分だけで軍隊をやめ、戦争を放棄して、世界平和への道をすすもうというのである。日本はただひとり世界に模範を示す意気ごみで、高い高い理想にむかって、力強く一歩をふみ出したのである(有斐閣編『憲法第九条―いま、ふたたび平和を考えるとき』所収、一九八三年)。 現実的選択としての非武装論 旧ユーゴスラビヤでの、アフリカでの、中近東での血生臭い武力衝突は避けることができなかったのか。むろんあった。これらの民族集団が非武装だったら、武力衝突は避けられただろう。なるほど、彼らは農機具、棍棒、石、包丁などで戦ったかも知れない。しかし、その種の武力衝突は近代兵器を使った軍事衝突の規模とは比較にならない。最新兵器を使うスリル(?)もない。第三者による停戦のための調停も容易だろう。だから、非武装ならば戦争は起こりにくく、争いごとの惨禍はミニマムですむ。 人は非武装論を理想主義的観念論だと揶揄する。そして軍事的安全保障体制の整備をもって現実的だとする。私はむしろ逆だと思う。某国が海を渡って日本に侵攻し、この国を占領するなどと想定することこそ非現実的空想ではないか。日本には資源もない。占領下の労働者が世界市場で競争力のある良質の輸出品を生産することもありえない。侵略国は世界中から非難され、経済制裁を受けて諸外国との貿易すらままならなくなる。 一九八〇年代、諸外国では日本の繁栄を軽軍備のせいにする論調が目立った。防衛を米国に任せ、日本はひたすらエコノミック・アニマルに徹したと評されたが、確かに日本は平和憲法によって繁栄した。実際、米ソの軍事支出は両超大国をほとんど破産に追い込んだ。冷戦終結後、米国の経済は急速に復調し、九〇年代の繁栄に繋がった。日本が平和憲法を放棄し、戦争のできる「普通の国」になったとき、平和憲法下でさえ抜け目なくやっていた軍需産業が一気に肥大化するのは避けられまい。 日本が平和憲法を放棄したとき世界はどう反応するだろうか。まず、日本へ不信感が強まり、日本に侵略された体験を持つ北東アジアでの軍拡が激化するだろう。いや、現に中国をはじめとする日本周辺の国々は防衛費が世界第二位となった日本を警戒し、軍事力を強化している。日本政府は中国の軍拡を懸念する意思表示をしているが、日本こそ専守防衛の域を越えた軍拡をしており、規模も遥かに大きい。周辺事態法の成立で自衛隊の海外出動はいっそう容易になった。これにナショナリズムと右傾化と「大東亜戦争肯定論」が加わるのだから、近隣諸国の懸念は杞憂とは言えない。 「民主主義国同士は戦争をしない」という。同じくらいの確率で言えるのは「民主主義国は滅びない」ということではないか。民主化が著しい韓国で私はそう思った。韓国は日本を追い越すかもしれない。政治の世界ではすでに追い越している。金大中大統領に匹敵する政治家が日本にいるだろうか。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に対する「太陽政策」は南北対話を大きく前進させたが、実は彼の対日政策も「太陽政策」なのだという(李洛淵韓日議員連盟幹事)。 平和的南北統一が実現し、もしこの政治家の路線が継承されるならば、新生統一国家に相応しい平和憲法の制定によって非武装平和国家が建設されるかも知れない。無用となった軍事費は経済、科学、教育、文化、環境、医療、福祉に投入され、世界一すばらしい国が極東に誕生するかも知れない。周辺諸国が非武装の統一韓国を侵略することなど考えられるだろうか。もちろん、「前科」のある日本が前世紀の愚を繰り返さなければの話だが。 弓削達東京大学名誉教授は実際にそのような平和憲法の制定によって実際に軍隊を廃止し、教育や平和産業に基盤を置いた国造りに成功した例としてコスタリカを挙げている(『憲法九条は国際政治に無力か』かもがわブックレット)。統一後の新しい韓国はコスタリカにつづく東洋の非武装国家になるかも知れない。二〇世紀なかばに「人類がたどり着いた最高の英知」による政治と教育の刷新は残念ながら日本においてではなく、まず韓国において実現されるのだろうか。 |
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