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「九・十一」以後も非暴力主義が究極の知恵
―暴力の連鎖による「文明の崩壊」を阻止しよう―
『軍縮問題資料』2002年2月号 (宇都宮軍縮研究室発行)


米国で起きた「九・十一」事件以来、冷戦終結後にスイスやドイツで盛んになった軍隊廃止運動が後退し、パレスチナでも「テロリストと国家テロ」による暴力の応酬という最悪事態が生じている。しかし、暴力の連鎖を許容しておくならば過剰監視社会が出現し、民主主義社会はもちろんだが、人類の文明そのものが崩壊してしまうかも知れない。テロに対する即効薬はないが、テロが起こる原因を除去せずにテロ根絶を試みても、長期的解決からはほど遠い。「急がば回れ」。平凡だが、それが真理ではあるまいか。 

米ソ冷戦たけなわの一九八二年、スウェーデンのオロフ・パルメ氏(首相歴任者)の率いるパルメ委員会は、一方的軍縮(unilateralism)以外に平和への道がないことを示す『共通の安全保障』(Common Security)というタイトルの報告書を発表した。「相手(ソ連)の安全が保障されない限り、当方(西側)の安全も保障されない」というのがその核心だった。当時、米ソ両国だけで六万発―ピーク時の一九八六年には七万発―近くにまで激増した核兵器はまさに人類の文明を崩壊させかねない危険水域にまで達していた。

 米ソ冷戦は終わった。しかし、冷戦の論理が今なお世界を支配している。大国は強大な軍事力で、弱小者はテロで戦うという(非対称的)「力による対決」は冷戦の論理と変わらない。タリバンの崩壊でテロがなくなるという保障もない。「九・十一」以後、イスラム教徒を始めとするゼノフォビア(外国人憎悪)が強まり、しかも、米国やEUなどではテロ対策に便乗して治安維持法まがいの立法化も進んだ。政府への批判、デモによる市民の意思表示といった基本的人権までが弾圧され始めている。「九・十一」から数ヶ月経過した今、改めてその意味について考えてみたい。

暴力に加担しないことこそ分別

 日本のいわゆる「テロ対策特別法」は意図的な誤称(misnomer)だった。「自衛隊海外派遣法」とでも呼ぶべきだった。武装した自衛隊を戦闘地域に派遣したい一心で泥縄式に作った法律。「テロ対策特別法」といいながら「テロとは何か」についての納得の行く説明がない。政府与党は要するに憲法九条の非武装・不戦規定を事あるごとに解釈し直し、変更したくて仕方がないだけなのだ。テポドン発射も「九・十一」事件も天来の好機とばかり、憲法違反の法律を一挙に作るのがその常套手段である

 米国の「やられたらやり返す」という国際法無視の報復戦争に日本は無条件で賛成し、自衛隊を派兵した。この愚挙ゆえに日本は新たな敵を作ってしまった。「中立は卑怯だ」と脅す論客まで登場し、一挙に事が進んだ。"Show the flag!"という出所不明の英語を百二十パーセント悪用もした。十分な議論もなく、国としての主体性もない、何と軽佻浮薄な態度決定だったことか。爆撃で家を焼かれ、親族・同胞を失った側にとっては、爆撃を支援した国は憎悪の対象となる。

 「米国に加担したら日本もやられるからという卑怯な態度だけはやめたい」と脅す。「卑怯」や「臆病」という言葉を人は脅したり、罵る時に使う。英語ではcowardという。「卑怯者」や「臆病者」という罵倒はほとんど暴力的である。罵倒に耐えられず人はつい暴行や残虐行為に加担してしまう。戦時中、日本軍が占領地で捕虜の「試し切り」をした時も、新兵の多くはこの罵倒を恐れて無抵抗の捕虜を殺した。

 日米間の親密な関係と、日米と世界の諸国との関係は同じではない。米国がテロリストの標的になることにはワケがある。世界には米国に恨みを抱いている人間が無数におり、「九・十一」を米国の自業自得と見ている人も多い。包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准拒否、臨海前核実験の強行、一方的ミサイル防衛計画など米国の「一国主義」は目に余った。環境保護を決めた京都議定書の批准などでも明白なように、欧州諸国は是々非々の方針で主体的に米国と付き合っている。米国ベッタリな国は日本以外にはない。

テロがあぶり出した国家暴力

 作家の辺見庸は言う、「未曾有の規模の反国家テロが、隠された国家の暴力装置を立ち上げた、といってもいい。国家とは、ドイツの詩人、評論家エンツェンスベルガーのいうとおり、法則的に『暴力独占権』を主張し、テロリストとそれを競い合うものだからだ」(東京新聞、〇一年十月十七日)。テロリストは自己の政治的主義主張を貫徹するために、あるいは宣伝するために、暴力的手段を非合法的に行使する。国家はといえば、公的機関やマスメディアによって民心を馴致し、議決による合法の装いをもった公権力として暴力を行使する。

 心理作戦によるマインドコントロールも一種の暴力だが、公権力による公然の暴力はその規模においてテロリズムの比ではない。ナチスのユダヤ人虐殺、日本軍による南京大虐殺、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下などにおける被害者数と比べてみれば、それは明らかである。

 テロと戦争の違いは前者の対象が要人や無防備な市民であるのに対し、後者は軍隊同士の武力衝突だとされてきた。だが、現代戦はすべてテロになってしまった。死傷者の八〜九割が一般市民だからだ。ミサイルや爆弾で家や財産や家畜が焼かれ、老人、女性、子どもが逃げ惑い、手足を失い、殺される戦争―この巨大で凶悪な暴力がテロでなくて何であろうか。憲法第九条は暴力テロと化した戦争を否認する。ニューヨークで発生したようなテロだけが凶悪なのではない。犠牲者の大半が民衆である現代戦は例外なく凶悪テロである。

 深夜、爆弾の雨が降り注ぐ空襲より怖いテロはない。第一次世界大戦が生んだ都市空襲への反省から、一九三九年、F・D・ルーズベルト大統領は「都市空襲は絶対に避けるべき戦略だ」と諸国に訴えた。が、日独が空襲を始めると、彼は前言を撤回。米軍は東京、横浜、大阪、名古屋など、六〇以上の諸都市を爆撃し、焼尽した。無数の老人、女性、子どもなど一般市民が死んだ。そして、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下という究極のテロは「真珠湾攻撃への報復」だとされた。「悪魔と闘う者は、自ら悪魔とならぬよう心せよ」とはニーチェの警告だが、日独の戦争犯罪を上回ることを米国もまたやってのけた。

 都市への無差別爆撃と原爆投下で日本人の戦争観は一変した。戦争観の大転換が憲法第九条支持の根底にあるのは間違いない。しかし、「戦場はいつも米本土以外の遠い外地」という特異な国に住んでいる米国人の戦争観は違う。米国のマスメディアはまるで日露戦争の感覚で戦争を報道している。

 米国は南北戦争以外、戦乱から無縁な安全地帯だった。米国は二つの世界大戦への参戦だけでなく、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争等々、大小さまざまな戦争をしてきた。それでも、米国人にとって戦争は米本土以外の遠い外地で起きる出来事に過ぎなかった。だから、今回のテロ事件は米国人にとっていわば戦争の初体験だった。しかも世界最強といわれる経済と軍事力の中枢が破壊された。

 米国は戦争とは無縁な安全地帯という安堵感は半永久的に失われた。米市民にとって「九・十一」は「パールハーバー」を凌ぐ戦争観転換の歴史的分水嶺となった。

アジア諸国が警戒する「戦争のできる日本」

 十数年前、日本国民の八割以上が中流意識を持ち、日本経済はバブルで膨張した。「バブル化」は日本人の精神にまで及び、国民の増長は目に余った。政府、財団、企業などが「日本的経営」について近隣諸国ではもとより欧米でもセミナーを主催し、日本文化の卓越性を誇示した。ハーヴァード大学のエズラ・ヴォーゲルは『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という本を書いて、日本人の優越心を煽った。

 「奢れる者久しからず」。日本経済はバブル崩壊で長期不況に陥り、日本人の慢心も萎縮した。好戦的イデオロギーで萎縮を跳ね返すつもりなのだろうか、「大東亜戦争肯定論」を標榜する新自由主義史観への共鳴、国旗・国歌法の成立、扶桑社版歴史教科書の文科省検定合格、改憲論の大合唱、そして首相の靖国神社公式参拝実現など、アナクロニズムのオンパレ。右翼の街宣車の宣伝文句が着々と実現して行く。

 しかし、「元気を取り戻すために」ナショナリズムを煽っても経済が立ち直るわけではない。また、日本帝国主義時代の「偉大さ」を国民に想起させることは、近隣諸国の警戒心を煽るばかりだ。暮れには無理を承知で自衛艦を戦場に向けて派遣し、憲法九条の戦争放棄・無軍備平和主義を踏みにじった。専守防衛という政府の説明も便法に過ぎなかったわけであり、国の最高法規が無残にも砕け散った。

 この国では、たとえ国の最高法規であっても、ターゲットになったら最後、「解釈」という呪文で白が黒になる。日本の官僚の「魔法のような法文解釈」に驚嘆した周恩来首相はかつて彼らを「法匪」と呼んだ。憲法条文の大意は中高生でも理解できる。自衛隊の現実と憲法九条との間にある矛盾に中高生が気付かないはずはない。「魔法のような法文解釈」を知った彼(彼女)らに日本が法治国家であることを納得させることができるだろうか。「大人の世界」に対する不信が高まるのは当然である。国の将来を心配して教育基本法をいじくる前に大人こそ襟を正すべきではないのか。

 憲法九条を敵視するタカ派の主張は猫の目のごとく変化する。ソ連の脅威、北朝鮮の脅威、国際貢献、テロ撲滅のための国際連帯等々、防衛費増の理由は次々に変わる。ソ連や北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が海を渡って日本に攻め込んで来るなどという荒唐無稽なタカ派の空想―彼らはこれを現実主義、非武装・非暴力の平和主義を観念論と呼ぶ―が論破されると、専守防衛の看板は簡単に下ろしてしまい、インド洋まで出兵して「売られてない喧嘩」まで買おうとする。

 「戦争のできる日本」を再建したい、自衛隊に誇りを持たせたい、「お国のために喜んで命を捧げる」若者を育てたい、という日本のナショナリズムに対して近隣諸国が警戒心を強化するのは当然である。

 これまで日本の軍事化は米国の圧力が原因だと考えられてきた。しかし、それは隠れ蓑に過ぎず、アジア最強の陸海空軍の再建はタカ派の悲願なのだ。「戦争のできる日本」とはそういううことである。すでに総額で米国に次ぐ防衛費を持つ日本は着々と実力を蓄え、軍事大国化の好機到来を鶴首して待っている。だから、今回の自衛艦派遣を見つめる米国も懸念を隠さない(中国新聞〇一年十一月二十六日)。キッシンジャー元米国務長官が日本の核保有に警鐘を鳴らしていることは周知の通りだ。

原爆は究極の国家テロだった

 ニューヨークの高層ビルが倒壊するシーンはトラオマとして多くの人の心に残った。しかし、米軍のスーダンへのミサイル攻撃やNATOのコソボ空爆はすぐ忘れてしまう。日本人は原爆投下も忘れてしまったようだ。原爆の残虐性、非人道性についても、存命する被爆者以外はすでに忘れてしまったようだ。ノーベル物理学賞受賞者のハンス・アルフフェン博士(スウェーデン)はかつて私に言った。ヒロシマ・ナガサキを襲ったのは「絶滅装置」(Annihilator)であり、あれは国家テロだった、と。

 然り。五六年前のヒロシマ・ナガサキは空前絶後の国家テロによって壊滅した。あの日、キノコ雲の風景の下では、恐怖に慄いて逃げ惑い、気も狂わんばかりにのた打ち回る、即死を免れた被爆者たちの姿があった。その地獄図を想像するがいい。丸木夫妻の描いた「原爆の図」を思い出すがいい。

 関寛治東大教授(故人)は「核抑止体制は宇宙船地球号のハイジャックだ」と喝破したが、私たちは戦争や核兵器という巨大な暴力に対しては不感症になっているのではあるまいか。

 「九・十一」事件以後しばらくの間、私は「文明の崩壊が始まった」のではないかと思った。手段を選ばぬ無差別テロ。そして炭疽菌による殺人。法律や刑罰だけでは対応しきれないアナーキーな暴力行使。だが、よく考えてみれば「文明の崩壊」は「一線を超えた」市民皆殺しの原爆投下で始まったのではなかろうか。ヒロシマ・ナガサキ以後、すでに「文明の崩壊」は始まっていたのではないだろうか。

 とするならば、「文明の崩壊」を食い止めるために何をすべきかは明らかだ。核兵器に「テロ兵器」の烙印を押し、これを非合法化し、核抑止論を克服すること、つまり核兵器によって守られているという錯覚から目覚めること。報復の繰り返しによる暴力の連鎖を断ち切ること。要するに、憲法九条を地で行く非暴力主義の徹底である。

 実際、ヒロシマ・ナガサキで生き残った被爆者たちは「リメンバー・ヒロシマ・ナガサキ!」とは言わなかった。「リメンバー・パールハーバー!」は復讐の誓いだった。そして、米軍の報復は過剰だった。だが、「日本が戦禍から立ち直ったら必ず復讐する」という気持を抱いた被爆者はまずいなかった。報復が報復を生み、無限に続くことを原爆地獄の業火の中で悟った被爆地の人びとは誓った。「安らかにお眠りください。過ちは繰り返しませぬから」、と。

「良心的兵役拒否国家宣言」を!

 周囲の青年が国防のために兵役義務に従う中で、良心的兵役拒否を貫くことは容易ではない。かつては投獄、国外追放、罰金などの懲罰を受けた。だが、二〇世紀後半になって、徴兵制度のあるドイツ、オーストリア、フランスなどでは良心的兵役拒否者の法的保護が確立し、彼らの主張と人権は完全に保障されるようになった。特に、冷戦終結後、良心的兵役拒否者の数が激増し、ドイツでは年間約十五万人に達している。

 幼稚園から職場や近所付き合いまで「右へ習え」の慣習にそむくと罰を受ける日本では、外交までが「右へ習え」方式。国民の多くも無意識のうちにそれを支持している。憲法違反は意に介しない。英独仏というNATO諸国が米軍を支援するから日本もする。自衛隊派兵も「右へならへ」のムードだけで実現した。湾岸戦争で自衛隊派兵による米軍支援ができなかったのは政府のトラオマだという。

 周囲がどうであろうと毅然として良心的兵役拒否を貫くドイツの青年たちを拝みたくなる。ドイツ青年を真似るのではない。日本国憲法の規定にしたがって節を通すことの重要さを言っているのだ。米国人のチャールズ・オーバビー博士は「日本は良心的兵役拒否国家たれ!」と繰り返し言っている。スイスやスウェーデンが中立を貫いても、それを非難する声など聞いたことがない。

 日本政府は憲法九条の非武装・不戦条項を諸外国に少なくとも積極的には説明してこなかった。まして、日本の「良心的兵役拒否国家宣言」など論外だった。むしろ、日本政府は、小沢一郎が言い始めるより遥か以前から、日本が「普通の国」であることを諸外国に印象付けようとしてきたのではないか。憲法九条に忠実であるならば、日本は必然的に中立国のはずだが、現実は米国の同盟国。今回の自衛艦派遣でそれこそ「旗幟鮮明」になった。

 だが、良心的兵役拒否国家宣言はこれからでも手遅れではない。いや、非暴力主義は今こそ出番なのだ。なぜなら、暴力の連鎖では「文明の崩壊」は避けられないことがいよいよハッキリしてきたからである。「九・十一」事件はすでに「目に余る米国の横暴」に対する報復だった。米国のアフガニスタン攻撃は、だから「報復への報復」だった。そして「報復への報復への報復」は必ず起きる。

 もし、米国のタカ派―彼らの多くはキリスト教原理主義者でもある―の思惑通りに世界が動くならば、「地球のパレスチナ化」は免れない。日米欧諸国は警備過剰社会となり、残余の世界は「イスラム過激派化」するだろう。報復の反復は日常的に起こり、爆弾テロにおびえる「地球のパレスチナ化」が現実となる。核兵器テロの危険性も出てこよう。ガンディーが言っているように、人類史上、暴力の応酬で紛争が止んだためしはない。

 当初、良心的兵役拒否運動も英国や米国での小さな動きだった。だが、それは今、西洋はもとよりロシアなどへも拡大し、軍の屋台骨を揺るがすまでになった。社会学者のマーガレット・ミードは言っている。「決して疑ってならないのは、思慮深い、確信をもった市民達の小さなグループは世界を変えることができるということです。実際、小さなグループだけが世界を変えてきたのです」、と。

 テロに対する即効薬はないが、テロが起こる原因を除去せずにテロ根絶を試みても、問題は解決しない。「急がば回れ!」と古人は言った。「小さなグループ」の声を、政府も、テロリストも、マスコミさえ、無視するかも知れない。だが、「小さなグループ」が人々の心にともす希望の灯火はいつかは必ず「世界を変える」大きな炎となって燃え上がるに相違ない。この確信を抱いて、暴力の連鎖による「文明の崩壊」を阻止しようと努めている人々の輪に加わり、暴力拒否の思想を次世代へ伝えたい。

(おかもと・みつお 広島修道大学教授・平和学)





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